2019年01月

平成31年1月23日(水)のニュース

群馬県前橋市にある特別養護老人ホームでインフルエンザの集団感染が発生しました。亡くなったのは83歳から98歳のお年寄りだといいます。天寿をまっとうしたと思いますが、人生の最期に新聞沙汰になってしまいご遺族の心痛は察してあまりあります。

https://www.asahi.com/articles/ASM1R5TZZM1RUHNB012.html

平成31年1月22日(火)のニュース

金沢市にある交番にキューピー人形が飾られているという記事を読みました。警察署に経緯を尋ねても最初は「わからない」という回答だったそうですが、夫に先立たれた女性が息子たちの結婚を機に得意の手芸を生かして人形の衣装作りを手がけるようになったことが分かったそうです。ささやかなことですが、町の話題を丁寧に聞いて回る新聞記者の態度に好感を持てます。

https://www.asahi.com/articles/ASM1H66BPM1HPJLB00C.html

ペヤングにゴキブリが入っていた事件は衝撃的でしたが、気づいたらすっかり忘れていました。まるか食品はSNSでの宣伝を意識するようになったようで、温泉街にペヤングの容器を模した巨大なモニュメントを設置したそうです。商品についても「インパクトのある商品を出せばネットで広まる時代。興味をもって『買ってみよう』と思ってもらえるように意識している」と広報担当者が言っています。

https://www.asahi.com/articles/ASLDX6D4BLDXUHNB00F.html

ほのめかしの話3

ほのめかしを使うと、一言半句として素の意味に触れずにいろいろと語ることができる。そんなことを考えながら、今回のほのめかしを書いてみました。

「市原悦子さんについていろいろな人が語っているんだが、俳優座の養成所では『無駄なことはしゃべらない人』だったという証言が出る一方で『家政婦は見た!』の舞台裏では『あんなに議論する俳優は珍しい。』という人物評が出ているんだ。修行中だとどうしても青臭い議論になってしまうけれど、テレビに出るとなるとやはりどう見えるかはこだわりたかったんだろう。」

「実は『家政婦は見た!』のシリーズは観ていないんだ。見たのは番組の宣伝で覗き見をしているシーンくらい。あのシーンは凄く印象に残っているけれど、どんな内情を覗いてしまったかというストーリーを語るひとを見たことがない。83年から始まってからずっと続いていたんだね。市原さんが死ななければ調べもしなかった。」

「『家政婦のミタゾノ』とかのパロディは観ていたけれど、本家の『家政婦は見た!』は見ていなかった。サスペンス好きの母親がたまたま観ていた 『おばさんデカ』は観たことがある。ずっと脇役だと思っていたけれど、死後に出てくる評価を聞くと俳優としてはかなり優秀だったんだね。」

前提となる新聞記事のURLはこちら
https://www.asahi.com/articles/ASM1K7VBRM1KUCVL01Y.html
https://www.asahi.com/articles/ASM1F73VGM1FUCLV00G.html

日本人はあいまいなことを言う、論理的な議論を好まないと言われます。これは単にそういう文化があるというだけで、決して頭が悪くて議論ができないということではないと思います。

あいまいなことしか言わない日本人でも、実は、今日は晴れているとか、友達と食べたご飯が美味しかったとかいう話を通じて自分の意見を表明しているのではないかと思います。

あるいは、凝ったほのめかし(暗喩)によって、政治家や官僚が報道陣に対して法に触れずに国家機密についての心証を与えることができるかも知れません。しかしそうしてやりとりした心証をそのまま書くことは許されません。実際に取材して得た事実を書くほかないのです。

市原さんの人物評を使ったほのめかしを書きながら、素で読んだときにはたいしたことを言っていないけれど、ほのめかし(暗喩)として読むと自分の意図したところを充分に伝えられているように思いました。

ずっと、たいしたことを書いていないと思っていた『天声人語』や『編集手帳』『余録』『春秋』といった新聞社のコラムにそうした暗喩の意味があるのではないかと思うようになりました。一方で、たとえ暗喩の意味があるとしても、警察に取材せずに記事を書いていたことが発覚した産経新聞の『産経抄』は敬遠したいと思います。

ほのめかしの話2

前回は、ほぼ「殺す」としか言っていないほのめかしについて書きましたが、今回はもうすこし複雑なほのめかしを用意しました。

「中学生が数学のコンクールで賞を獲ったというんですが、その研究内容というのが面白くて、太陽が沈むときに東京スカイツリーのエレベーターで展望台に昇れば一度沈んだ太陽が再び昇って見えるというものだそうです。」

「天才バカボンの主題歌の『西から昇ったおひさま』が頭に浮かんだっていうんですよ。最近の中学生でもそんな古い歌を知っているんですね。まあ、YouTubeででも見たんでしょうか。」

「気になるのは、実際に昇ったところが書いていないことですね。さすがに記事を書いた記者はやってみたんでしょうけれど、中学生自身は数学的に証明しただけだから、そこは書いていないのかも知れません。」

以下は、前提となる記事のURLです。
https://www.asahi.com/articles/ASM1J2JHFM1JUBNB001.html

以上をほのめかし(暗喩)として読んだときにさまざまな情報が含まれていますが、読み取った情報を解釈したものを配布したときの責任は解釈したひとであって、これを書いた私ではありません。

記事中では西から太陽が昇るという言葉を多用していますが、私は最初に「一度沈んだ太陽が再び昇って見える」と書いています。この「太陽」を、朝日新聞社についての暗喩と読み取ることができるかも知れません。

西から太陽が昇るということについては、単に常識はずれのことをして朝日新聞を盛り上げろという意味に解釈することもできるし「西」に資本主義陣営の西側諸国の意味を持たせれば、社論の転換という意味になるかも知れません。

スカイツリーの展望台に昇るというのには「電波を飛ばせ(=気が狂ったことをしろ)」という意味になるかも知れません。

他にもいろいろな解釈ができるのでしょうけれど、私は数学のコンクールで賞を獲った中学生の話しかしていません。

記事には賞を獲った中学生の実名まで書いてありますが、実は誰々のことを指しているとまで言ったら、この賞を獲った中学生が目を丸くして気絶するかも知れません。

ほのめかしの話

ここ数日ぐらい「ほのめかし」について考えています。

「ほのめかし」というと、暴力団のかたが「暗い夜道には気をつけろよ」と言ったりすることを思い浮かべます。ここまで露骨だと、状況によっては脅迫罪が成立するかも知れません。

しかし「夜道に気をつけろ」というのは「この平和な日本でなぜ夜道に気をつける必要があるのか」というような問いを発することで馬脚をあらわすかも知れません。脅迫でなかったとしても、少なくとも何かの警告ではあるわけで、なぜそう言ったのかを問いただすことはできるでしょう。

しかし、ことはそう単純ではないと思います。なかには「ただの雑談」と言い張れるような形の「ほのめかし」も存在すると思います。

まず、以下の文言をお読みください。

「遺跡にある金塊のありかを問われてイスラム教過激派に公開処刑された学者の記事を読んだよ。息子の言葉が胸に刺さった。ISってのは酷いなあ。」

念のため、前提となる新聞記事のURLも貼ります。

https://www.asahi.com/articles/ASM17569WM17UHBI00N.html


記事本文を読んだ感想として別におかしなところはないと思います。しかし、イスラム教過激派ISが残酷だと言っているにもかかわらず「俺らはイスラム教過激派のように危険だ」「お前は金目当てか」「学者みたいに能書きを垂れていると殺すぞ」「息子にまで害が及ぶぞ」という意味に受け取ったら気が狂っているとしか思えません。

イスラム教過激派についての議論はさまざまできましょうが、脅迫の意図があったかどうかはそれこそ状況次第としか言えません。

もっとも、どんなに自然な雑談であっても、この文言を吐いただけで「殺す」と言われたと思う人は出るでしょう。

しかし、こうした高度な「ほのめかし」に対して法的な規制を加えようとすれば、権力によるやりたい放題を認めることになるでしょう。
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